From 師範代Shinya(新村真也)
(→前回のつづき)
(※今日の記事は、英語学習とは直接関係ありません)
僕が小学校3~4年生の頃に大好きだったドラマ、「あぶない刑事」。
僕は当時、4才年下の弟と「あぶない刑事ごっこ」をして遊ぶのが日課になっていました。
駄菓子屋で買ってきた、「カネキャップ」という名前の、火薬の詰まったキャップを自分のおもちゃの銃に付けて、弟とパンパン撃ちあっていました。
カネキャップは、ものすごく小さなキャップが8個、輪っか状につながっています。
その小さなキャップをおもちゃの銃で撃つと、驚くほど大きな音が出ます。火花や煙もちょこっと出ます。
「撃っている感」がしっかりあるのです。僕にとっては、学校にいる時間よりも、家で弟と一緒にやる「あぶない刑事ごっこ」の時間の方が、ずっと楽しいひとときになっていました。
第2次エアーガンブーム到来!
「あぶない刑事」のヒットをきっかけに、模型メーカーがこぞってハンドガン型のエアーガンをリリースし始めました。
そして、おもちゃ屋さんのディスプレイには、僕が大好きな「ハンドガンタイプのエアーガン」たちがズラッと並ぶようになりました。
これには参りました!!
僕はせっかく、最初のエアーガンブームをスルーして、「小さな火薬銃のおもちゃ」で自分を納得させていたのに、エアーガンの第2ブームの到来により、また僕はエアーガンの魅力にとりつかれてしまいました。
エアーハンドガンは当時の僕にとって、「のどから手が出るほど欲しい物ナンバー1」になりました。
年に一度だけ夢が叶う日
いくら欲しいと思っても、当時の僕には「おこづかい」がありませんでした。家事を手伝うことで数百円の報酬をもらえましたが、1万円近くするエアーハンドガンは、とてもじゃありませんが手が出せません。
でも、当時小学生だった僕と弟にとって、年に一度だけ夢が叶う日がありました。
それは、「お正月」でした。おじいちゃん&おばあちゃん&親戚のおじさんなどからもらうお年玉を使って、大きな買い物をすることが許されていたのです。
僕と弟にとって、お正月は「1年でただ一度だけ夢が叶う日」でした。
(誕生日やクリスマスに欲しいおもちゃを買ってもらえることはありませんでした)
そこで僕は、お年玉でエアーガンを買うことにしたのです。
僕がモーレツに憧れていた、「リボルバー」です。リボルバータイプの拳銃は、「あぶない刑事」のドラマの中で舘ひろしさんと柴田恭兵さんが使っていた形の銃でした。
まさかの・・・
待ちに待ったお正月。意気揚々とおもちゃ屋さんに向かった僕は、さっそくショーウィンドーの中に飾られているたくさんのエアーガンたちの中から、お目当てのモデルを探しました。
「あった!!これだ!!」
そのリボルバー型のエアーガンは、美しいシルバーカラーでした。店内のライトを受けて、光り輝いていました。
「このエアーガンが、ついに!俺の手に!!」
僕は興奮しました。そしてさっそく、父に頼んで店員さんにガラスケースを開けて、そのエアーガンを出してもらおうとしました。
ところが・・・
店員さん:「あ、これは18才以上用のガスガンなんで、お子様に販売することはできません。」
店員さんは冷たく言い放ちました。
な!!なにぃ~!!!
「いや、買うのは父なんだから、18才以上の人に売ることになるでしょ?売ってくれればいいじゃないか!問題ないでしょ?」
と僕は思いました。
たぶん、父も同じようなことを店員さんに言っていました。
でも、店員さんは頑固でした。
「使うのがお子様である以上、販売はできません。」
ぬぬっ!!なんということだぁ~!!
どうやら、第1次エアーガンブームで「親が子供のために18才以上用のエアーガンを買う」というケースが増えて、子供達がケガをする事件が新聞沙汰になったのが原因で、お店側がかなり厳しいルールを敷いたようです。
あぁ・・・なんてこった・・・
今だったら、「すぐ別の店に行って、父に『自分用です』とウソをついて買ってきてもらう」という策を思いつきますが、当時小学生だった僕は、気が動転してしまい、そんな小細工は思いつきませんでした。
また、僕の両親も小学生の僕が18才以上用のエアーガンを使うことに賛成ではなかったので、それ以上は動いてくれませんでした。
僕の「エアーガンを手にする夢」は、わずか10分ではかなく消え去りました・・・
・・・つづく。
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