
from 師範代Shinya(英語学習のヒントをYouTubeでも発信中)
僕はやり直し英語を勉強し始めてから、もう20年以上になります。
英検1級を取り、TOEICでは975点を取りました。
31歳の時には初めて海外へ行き、カナダで3ヶ月生活しました。
仕事でも英語を教えるようになり、色んなレベルのテキストを使って教えながら、自分自身の英語の上限を伸ばすトレーニングも欠かさず続けています。
じゃあ、今は英語が完成したのか?
と言われると、まったくそんな感覚はありません。
今でもオンライン英会話で話していて、「あれ、これ英語で何て言うんだっけ?」となることは普通にあります。
ネイティブの先生が使った表現を聞いて、「そんな言い方するんだ」と初めて知ることもあります。
昔は、英検1級ぐらいまで行けば、ネイティブ同士の会話にも、楽勝でついていけるのではと思っていました。
実際にそこまで来てみると、全然そんなことはありませんでした。
でも最近は、それがけっこう面白いなと思っています。
昔は「いつになったら英語ができるんだろう」と思っていた
僕が英語を始めた頃は、かなりゴールを意識していました。
この単語帳を全部覚えれば、英語ができるようになる。
この文法書をマスターすれば、かなり話せるようになる。
TOEICで高得点を取れば、もう英語には困らないだろう。
そんな感覚がありました。
当時の僕にとって、英語には「完成形」があるように見えていたんだと思います。
たとえば、昔DUO3.0を初めて見た時には、載っている英文がものすごく難しく感じました。
「こんなの全部覚えるの?」と、ちょっとうろたえる気持ちがありました。
それでも何度も繰り返していると、少しずつ英文が分かるようになってきます。
以前は難しかった英文が普通に読めるようになると、「かなり英語ができるようになったな」と感じます。
ところが、そこから先に進むと、また知らない英語が出てきます。
それを覚えると、さらにその先にも知らない表現があります。
なんか、ずっとこれの繰り返しです。
20年前と今では「分からない」の中身が違う
ただ、20年前と今で何も変わっていないわけではありません。
むしろ、かなり変わりました。
英語を始めたばかりの頃は、英文を見ても何が分からないのかすら、よく分からないことがありました。
単語が分からないのか、文法が分からないのか、それとも知っている単語なのに組み合わせると意味が取れないのか。
全部ひっくるめて「英語が分からない」という感じでした。
今は、分からない英語に出会った時の感覚がかなり違います。
「この単語自体は知っているけど、この組み合わせでは初めて見たな。」
「文法的には分かるけど、なぜネイティブはここでこの表現を選ぶんだろう。」
そんなふうに、「分からない」に対する解像感が上がっています。
英語が上達すると、分からないものがなくなるというより、何が分からないのかが細かく見えるようになるのかもしれません。
僕は今でも英語について調べることがありますし、ネイティブの先生に質問することもあります。
英語を教えている時に、生徒さんから聞かれて、「これ、改めて考えると面白いな」と思って調べ直すこともあります。
初級レベルのテキストでも、すごく奥が深い表現に出会うことがあります。
20年以上やっていても、まだ普通にそういうことがあるのです。
もし5年で完成していたら、とっくに飽きていたかもしれない
考えてみると、僕はもともと飽きっぽいところがあります。
新しいものが好きですし、ある程度できるようになると、別のものに興味が移ることもあります。
そんな僕が、なぜ英語だけは20年以上も続いているのか。
理由はいくつもあると思いますが、その一つは、「いつまで経っても終わらないから」じゃないかと思っています。
たとえば英会話をしていると、自分がこれまで話したことのないテーマが出てきます。
その瞬間、英語歴20年以上でも急に話しづらくなることがあります。
英語力そのものが20年前と同じなわけではありません。
話せることが増えた分、もっと細かいことや、自分が本当に話したいことを伝えたくなっているんだと思います。
そうすると、また新しい課題が出てきます。
英語は「クリアするゲーム」ではなかった
英語を始めたばかりの頃の僕は、どこかで英語をゲームのように考えていた気がします。
単語を覚える。
文法を覚える。
TOEICの点数を上げる。
英検に合格する。
一つずつクリアしていけば、いつかエンディングにたどり着くような感覚です。
でも、実際にはエンディングはありませんでした。
むしろ、そこからさらに難易度の高い「裏ステージ」が始まる感じです。
英検1級に合格した後も、知らない単語は山ほどありました。
TOEIC975点を取った後も、映画を見れば聞き取れないセリフがあります。
ネイティブとの会話でも、「今の何?」となることがあります。
英文全体が分からないというよりも、「ピンポイントで単語が分からない。初耳。」という感じです。
昔だったら、こういうことがあると「まだ英語ができない」とガッカリしていたかもしれません。
今はむしろ、「へえ、まだこんなのがあるんだ」と思うことの方が増えました。
たぶん僕は、英語を完成させるために勉強している感覚が、以前よりかなり薄くなっています。
今日知らなかった表現を一つ知ったり、前より少し自然に言えるようになったり、それで十分面白い。
もし英語が5年ぐらいで完全にマスターできて、その後は何も新しい発見がなくなるものだったら、僕はとっくに飽きていたかもしれません。
20年以上やっても、まだ知らないことが普通に出てくる。
僕にとっては、そこが英語を続けている理由の一つになっている気がします。
そして、続けることが楽しいです。
世界の研究では、「第二言語を学ぶこと自体が、アルツハイマーの発症率を減らす」ということが分かっているらしいです。
そう考えると、英語は運動に近いのかもしれません。
軽い運動を続けることで身体の健康が保てるのと同じように、英語学習を続けることで脳の健康が保たれます。
僕たちの年齢で運動する目的は「試合で勝つこと」ではなく、「体調を整えて、毎日元気に過ごすこと」です。
だから、「究極のゴールにたどり着いてから止める」というような位置づけではありません。
そして、日頃からジョギングしている人は、緊急時にダッシュしても息が上がりづらいです。
僕にとっての英語トレーニングも、運動と同じような感覚だと思います。
日頃から英語を勉強していると、街中でいきなり外国人に話しかけられたり、いざ海外旅行!となった時に、焦らず自信を持って英語を話せます。
続けること自体に、価値があるなら、完成しない方が楽しく続けられる。そんな気がしませんか?
P.S.
英語は完成しないとはいっても、「何をどう勉強すればいいのか分からない」という状態のままだと、さすがに続けづらいと思います。
僕が普段教えている英語講座を、目的別に4つまとめたページがあります。
今の自分には何が合いそうかな?という感じで、興味があればのぞいてみてください。
英語講座4選はこちら↓↓↓
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