From 師範代Shinya(新村真也)
(→前回のつづき)
※僕がジーンズショップで働いていた頃、初めて英語のテキストを買って外国人のお客さん相手の英会話を経験した時のエピソードの続きです。
「外国人のお客さんと英語でフリートークをしてみたい!」
という熱い思いを胸に、僕は本屋さんに行って英語の勉強法を探してみました。
でも、「ラクしてペラペラ系」と「気合いと根性系」の二極化している勉強法の本を見て、ヤル気が落ちていきました。
とりあえずその日はいったん本を買うのはやめて、また改めて後日、別の本屋さんに行ってみることにしました。
でも、別の本屋さんに行っても、同じような品揃えでした。
だいぶ離れた場所にある本屋さんに行っても、まったく同じ本が並んでいることが多かったのです。
やっぱり、「売れる本」というのは、ある程度ジャンルに偏りがあるようです。
本屋さんも商売ですから、当然、「売れやすい本」や「他の書店で売れている本」を置きます。
その結果、どの本屋さんも同じような品揃えになっていくんだと思います。
外国人のお客さんが来ない
その後、僕の中にあった「英語習得へのモチベーション」は急速に冷めていきました。
そんな僕の心を映し出すかのように、外国人のお客さんの姿がパッタリ見えなくなりました。
数ヶ月に一回のペースで来ていた米軍兵士たちも、半年以上たっても来る気配がありません。
僕のお店に米軍兵士たちが来るときは、みんな山の中の基地から街中に降りてくる時期です。
その時期は、お店の外でも米軍兵士たちが歩いているのを目撃することが多くありましたが、僕の英語モチベーションが落ちてからは、彼らの姿を街中で目撃することもなくなりました。
もしかして、どこかで誰かが問題を起こしたりして、外出許可の頻度が落ちたのかも知れません。
また、僕が
「英語でフリートークができるようになりたい!」
と熱く思うようになるきっかけを作ってくれた、「外国人の温厚な旦那さん」も、その後お店に来ることはありませんでした。
僕はだんだん、自分が仕事で英語を使うシーンが想像できなくなっていきました。
「もう接客英会話を使う機会は二度とないかもしれない・・・」
そう思ったら、それまで頑張って覚えた接客英会話フレーズ本も、なんだか色あせて見えるようになってきました。
この時点では、僕「英語熱」は完全に冷め切っていました。当然、通勤のクルマの中では好きな音楽をかけるだけの生活になっていました。
当時の僕は、ジーンズショップの店長として生きていく以外に道はないと思っていました。なので、
「この仕事で英語を使う機会は少なさそうだ。じゃあ、勉強なんてする意味ないじゃん。」
と、自分のなかで結論づけていました。
その後、僕の中での英語ブームは完全にフェードアウトしていきました・・・
「英語を使う楽しさ」と「挫折感」
今思い返せば、僕にとって初めて「英語を使う楽しさ」と、「挫折感」の両方を味わったのが、この時期でした。
トータル9か月間ぐらいでしたが、そのわずかな間に、
「米軍兵士たちを相手に接客英会話を使える興奮」
を味わいました。
その後、温厚な外国人の旦那さんとのマンツーマン接客を経験したことで、自分のなかに欲が芽生えました。
「接客英会話だけじゃ物足りない!フリートークができるようになりたい!」
という熱い想いです。
でも、その後すぐに「どうやって勉強すればいいのか分からない」というカベにぶつかりました。
そして、だんだんフェードアウトして、英語に全く触れなくなりました。
一度挫折したことで、「英語本を見ると挫折した自分を思い出す」ようになりました。
その結果、あんなに情熱を込めて使い込んだ「接客英会話フレーズブック」を、自分の目に付かない押し入れの奥深くに封印しました・・・
・・・つづく。
そうですよね。なかなか喋る機会がなくなってくるとモチベーションを保つのが難しくなる。
そして、どんどん英語から離れていく
それはあたかも、周りから英語できると言われているだけに
矛盾を感じそしてそれは再挑戦する時の壁になってしまう。
英語と自分とのズレ、周りと自分の英語に対するズレ
これが、根拠のない自信喪失につながる
もっとも、実力がないのは自分が一番よく知っている。
ある意味ちょっと辛い時かもしれないと思いました。
藤田さん
その通りですね!
周りからの評価と、自分自身の評価で揺れ動く時期はあります。
モチベーションを一定に保つのは、簡単ではありませんね。