From  師範代Shinya(新村真也)
 
(→前回のつづき)
 
※僕がカラーコーディネーター1級の試験に再チャレンジした時の体験談の続きです。
 
 
僕は再チャレンジに向けて新しい勉強法を見つけたことで、「後はひたすら続けるだけ」の状態になりました。
 
 
とはいえ、次の試験まで1年も待たなければなりません。
 
 
僕がカラーの資格を取ろうと思ったきっかけは、転職に有利になるのでは?と思ったからでした。
 
 
でも、転職は資格以上にタイミングも大事です。
 
 
たまたま空きのポジションが出たタイミングでそこに応募して、ライバルが多くなければ、転職はあっさり成功することもあります。
 
 
このまま資格を取るまであと1年今の職場にとどまるのは、あまり得策ではないと思いました。
 
 

不満のない職場

といっても、僕は今の職場に不満を感じていたわけではありません。
 
 
むしろ逆でした。
 
 
今働いているイトーヨーカドーの服飾売り場の仕事を、僕はとても気に入っていました。
 
 
人間関係はすごく良いし、空調の効いたキレイな環境で働けるのは幸せでした。
 
 
以前の鉄工場で働いていた頃には、空調など一切ない環境で、夏は熱中症と戦いながら、冬は足の指がしもやけになるほどこごえながら、仕事をしていました。
 
 
1年中粉じんが舞う中で仕事をしていたせいか、2年目から原因不明の咳が長期間続きました。
 
 
なかなか治らない咳に不安を抱えながらも、他の生き方が出来るとは思っていませんでした。
 
 
そんな環境からやって来た僕にとっては、今のイトーヨーカードーは天国でした。
 
 
パート社員なので、仕事内容を自分で選ぶことができました。
 
 
正社員よりも残業する頻度が低く、ムリのない働き方ができてました。
 
 
それでいながら社会保険にも加入できて、時給で働いているのに前職の正社員の仕事よりも月給は上回っていました。
 
 
・仕事内容
 
・人間関係
 
・給料
 
 
どれを取っても、不満がなかったのです。
 
 
ただ、あまりに居心地が良すぎて、「ずっとここにいてはいけない」ような気がしていました。
 
 
浦島太郎の竜宮城のように、「気がついたら年を取っていた」というような状態になるのでは?
 
 
と不安になってきました。
 
 
僕と同年代のパート社員の男子たちが同じ部署に何人かいましたが、みんな次の職を求めて転職活動をして、少しずつ抜けていきました。
 
 
当時の僕の職場では、「20代なかばメンバーの転職ブーム」だったのです。
 
 

服飾業界で正社員

僕は、今と同じ服飾業界で正社員で雇ってくれるところを探していました。
 
 
本当はイトーヨーカドーでそのまま正社員になれたらベストなのですが、ちょうどその頃からイトーヨーカドーの業績が低迷し始めて、中途採用枠がなくなったところでした。
 
 
それに、もし運良く採用されても、正社員になったら自分で売り場の配属を希望する権利がなくなります。
 
 
「全国どこへでも行き、どんなポジションでも働きます!」
 
 
というのが、正社員のルールです。
 
 
イトーヨーカードーは食品から住居用品まで、何でも扱っています。
 
 
どの売り場に配属されるかによって、まったく違う業態の違う会社に就職するようなものです。
 
 
18才から働き始めた鉄工場のハードな環境から脱出して、やっと適材適所を見つけた僕にとって、「どんなポジションでも行きまっせ!」というのは、また自分に合わない場所で働くリスクが大きすぎました。
 
 
次に転職する時には、何としても「服飾業界」にこだわろうと思いました。
 
 
カラーコーディネーター1級資格の勉強は、とりあえず転職してからでも続けられます。
 
 
むしろ、先に転職して後から資格を取った方が、転職先で「向上心があるな」と評価されるかもしれません。
 
僕は転職雑誌を毎日眺めながら、気になる求人広告が出て来ないかどうか、チェックしていました。
 
 
そしてある日、「おっ!これは!!」という求人広告を見つけました。
 
 
・・・つづく。
 
 
 
 

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